教会堂の扉に立つ三つの影は、明らかに異質だ。袖のないライダースジャケットを着た男、その横に灰色のスーツを着た冴えない中年男性が立っている。そして頭からショールを被り、毛皮の襟巻とキャメル色のコートを着た女が一人。

女の顔は見えないものの、その背格好には見覚えがある。そして何より、ショールから覗く陰気で冷たい視線。それは芭尾だ。

彼らは、入り口から扉の中には入ってこようとせず、外から中を見回している。教会堂にいる者で、彼らの姿を見た者は少ない。壮絶な気に当てられて、そのほとんどが意識を失ってしまったからだ。

「初めましてだな。ミケーレ・ラブティ。私はアンドロマリウス。ソロモン七十二柱の末席にして三十六の軍団の長、そして地獄の伯爵だ」

アンドロマリウスが仰々しく両手を広げて言った。意識のある数人の顔を見渡すと、感嘆したように声を上げた。

「ほう、また随分と命知らずがいる者だな。場合によっては殺されるかも知れないというのに、これほど大勢いるとは。――ところで、ヘイジ・イノウが見当たらないが」

そう言ってアンドロマリウスは、かろうじて意識を保っていたコラッツィーニを指差した。

「おい貴様、答えろ。ヘイジ・イノウはどこだ?」

その声には先ほどまでの陽気さはない。重たく低い声色にコラッツィーニの動悸は速くなる。

「なんだ、悪魔を見るのは初めてか?びびってないで何か言えよ?」

アンドロマリウスは、コラッツィーニに向けていた手を広げると、何かを鷲掴みするように宙を握りしめる。するとコラッツィーニが、胸を押さえてその場に崩れ落ちた。アンドロマリウスの手はリズミカルに動いている。まるでその中にコラッツィーニの心臓を握っているかのようだ。

「やめてください!あなた方の目的は私なのでしょう?」

ミケーレが叫ぶと、アンドロマリウスは握っていた手を離して向き直った。

「無断で約束をキャンセルされるのは気分が悪い。折角、奴のために芭尾を連れて来たというのに」

アンドロマリウスの声色は、重苦しく、そして冷たい。ミケーレはあまりの聞き苦しさに、耳を塞ぎたくなる衝動に駆られた。

「今日は、ここにいる芭尾との契約で、君に一つお願いを聞き入れてもらいに来た。君がこの芭尾に突き刺した刃だが、百五十年もの間ずっと抜けずに刺さったままだ。これを君に抜いてもらいたい」

アンドロマリウスは芭尾の肩に手をまわすと、首に巻かれた毛皮の襟巻をそっと持ち上げて外す。その芝居がかった手付きに心底嫌そうな顔をしながらも、芭尾は逆らわず、着ているコートを脱いだ。

コートの下には、胸元が大きく開いたシンプルな紺のロングドレスを着ていた。その胸には、ミケーレが突き刺した刃がまだ残っている。白い肌に深く突き刺さった刃は、柄になっていた部分は折られたのか、長さが短くなっていた。刃の周りの皮膚は浅黒く変色し、爛れた様になっている。

「痛そうだろう?実際にまだ痛いらしい。これのおかげで芭尾は、折角の海外旅行をエンジョイできていないそうだ」

ミケーレは手に持ったロザリオを掲げた。するとそれを見たアンドロマリウスは、すかさずミケーレを制するように手を上げる。

「ちょっと待った。君にそれをされると気分が悪い。ミケーレ・ラブティ、君は悪魔の間でもちょっとした有名人だ。君にはたくさんの悪魔が倒されてしまった。しかもそのうち死ぬだろうと待っていたら、未だに健在だ。長年に亘って、どれだけの悪魔が君の世話になったことか。今では君に手を出す奴は滅多にいなくなった。――だからそれはやめてくれ。でないと…」

「……?」

「ここにいるやつらを皆殺しにする」

ミケーレは手に持ったロザリオを掲げたまま、アンドロマリウスに向けて一歩前に出た。

「勝手にはさせません。ここは聖母の家を守る場所です。悪魔が簡単に、足を踏み入れることはできないはずです」

「そういうのは下級な悪魔に言うセリフだ。――俺は入れないんじゃない、入らないんだ。ここの家主にすこぶる嫌われているから歓迎はされないだろうが、入ろうと思えばいつでも入れるさ」

アンドロマリウスはその場で腕組みをすると、ミケーレを見下すように顎を上げた。

「――大体、こんな便所臭いところへ、わざわざ好んで入るかよ」

アンドロマリウスは、隣にいた中年のスーツ姿の男の背中を押した。すると男はすたすたと教会堂の中に入って来る。その双眸には白目がなく、目玉が真っ黒に染まっている。

「こいつが俺の代わり。あと…」

ミケーレの腰に、誰かが力強く組みついた。よろけそうになりながらも振り向くと、後ろから下半身に抱きついているコールマンがいる。先ほど見たコールマンの眼の光、それはやはり芭尾の瞳術の光だった。コールマンは芭尾の術中にある。

スーツの男は、ミケーレの前に立つと大きく口を開いた。まるで顎が外れたかのように尋常でない大きさで開かれた口の中には、黒い何かが塊になって蠢いている。

「そいつの中にいるのはバドロルシススと言う。名付け親はこの俺だ。今回、契約に伴う協力関係の(あかし)として、芭尾から提供してもらった。――芭尾の持つ術に俺の血を合わせて作った。西洋と東洋の融合によって生まれた、全く新しい魔物だ」

口の中に見える黒い塊の中から真っ黒い眼が二つ現れる。その眼と視線が合ったミケーレは、胃の底から吐き気が込み上げてくるのを感じた。

「このバドロルシススが、倒れている身の程知らずどもを一人残らず食い殺す。――それが嫌なら、素直に芭尾に刺さった刃を抜け。そうしたら半分くらいは喰い残すように言ってやる」

アンドロマリウスはケラケラと笑った。その笑い声に合わせて黒い塊も激しく蠢く。一緒に笑っているつもりなのか。

そこへコラッツィーニが胸を押さえながら叫んだ。

「コ、コールマン神父、あなたは一体どうしたのです?!槍の欠片は、あれは…!」

つい先程までロンギヌスの槍の欠片を掲げて、徹底抗戦を謳っていたコールマンが豹変した。今はコラッツィーニの目の前で、ミケーレの腰に組みついている。まるで悪魔に操られているかのように。

「……芭尾、あなたがコールマン神父を惑わしたのデスカ?」

ミケーレは、眼の前にやってきた芭尾に日本語で言った。

「日本語でなくていい、ミケーレ・ラブティ。イタリア語はわかる」

流ちょうなイタリア語で答えた芭尾は、眉間に強く皺を寄せる。片手で顎の下にあるショールの結び目を解くと、それを頭から外して顔を露わにした。

「貴様のおかげで酷い目にあった。――まあ、それも今日で終わりだが」

芭尾の顔は左半分が引き攣ったようになっており、平二の妻であったおゆうの面影は、その右半分にしか認められない。引き攣れた顔に皺を寄せ、苦々しい表情で睨み付けている芭尾は、半開きになった口の端で、荒い呼吸を繰り返す。

「この刃を抜かせるために、あれからずっと貴様を見張っていた。それが突然姿を消した。正直絶望したよ。――こちらの悪魔に貴様のことを聞くまではな。どうしてこうも長く生きているのか知れないが、こうしてまた相見えることができた」

芭尾は手のない右腕を突き出すと、壊死して変色した傷口をミケーレの目の前に突きだした。

「覚えているか?横浜の街中で、右手を吹き飛ばされた。あれから妖力の足りないせいで、ずっとこのままだ。平二にやられた傷も塞がってはいるが、癒え切ってない。全て貴様に刺された、この刃のせいだ。」

芭尾はミケーレの手を取り上げると、自分の左胸に突き刺さった刃に寄せる。

「抜け!貴様の手で抜くんだ」

その時、叫び声が聞こえた。いつの間にかバドロルシススが、コラッツィーニの髪を掴んで引きずり回している。

「あいつの声が聞こえるうちに抜いてしまえ。あの叫び声が途切れたら、次は別の奴だ」

ミケーレは恐るおそる刃に手を伸ばした。

「言う通りにしますから、だから、もう非道いことはしないでください」

「黙れ!早くしろ」

芭尾はミケーレの懇願に耳も貸さず、怒鳴り声で急かした。

ミケーレは掴んだ手に力を入れる。しかし刃は動かない。何度も引き抜こうと力を入れるものの、やはり刃は動かないのだ。

「……う、動きません。私には、これを抜くことができません」

「何を言っている?早く抜け!」

「でも、何度やっても…」

そう言ってミケーレはもう一度力を入れるが、やはり同じだ。

芭尾は爛れた皮膚が引かれる感触を味わいながら、刃が動かないことを悟った。今までと同じだ。

「こんなことがあるか!貴様が駄目なら他に方法があるか!」

芭尾がミケーレの首を掴んだ。白くなる程に力を込めた手が首筋に食い込んで、ミケーレの顔がみるみる赤くなっていく。

その様子を見ていたアンドロマリウスが口を開いた。

「バドロルシスス、一人喰え」

その言葉にミケーレは眼を見開いた。しかし首を絞められて声が出せない。

バドロルシススはコラッツィーニを持ち上げると、そのまま振り回して放り投げた。ぎゃっと叫び声が上がると、その体が十数メートルも投げ飛ばされ、側廊の柱に打ちつけられる。ぐしゃりと何かが砕けるような音が聞こえてきた。

そしてバドロルシススは、近くにいた意識のない若い修道士の服を掴むと、その頭を大きな口で一飲みにした。丸ごと頭を飲み込まれた修道士が眼を覚ましたのか、バドロルシススの口腔内から叫びが聞こえる。しかしそれも、バドロルシススが首をかみ切ると同時に収まった。大きく伸びて変形したバドロルシススの頭部は、咀嚼するたびに小さくなっていく。

その光景は、首を絞められているミケーレの眼にも映っていた。スーツを血だらけにしたバドロルシススの足元には、首のない修道士の死体が転がっている。悲痛な表情を浮かべたミケーレは、刃を抜こうと何度も手を引くが、やはりびくとも動かない

「コールマン、貴様も一人殺して来い」

芭尾に言われたコールマンは、ミケーレを抱えていた手を離すとゆっくり立ち上がった。

「この男は容易かったぞ。偏執的に平二のような者たちを嫌っていた。それらの者に自分が敵わないことが、相当腹に据えかねたらしい。そのせいで原理的な思想に傾倒し、自らの正当性を信仰に求めた。――そいつをほんの少しいじってやったらこのざまだ」

ふらふらと歩き出したコールマンは、近くで意識を失っているキャソックを着た若い神父に近付いた。先程ミケーレの腕をつかんでいたうちの一人だ。その傍らに膝を付くと、コールマンは若い神父の首に両手を伸ばす。しかし、その手は首に触れかけて止まった。コールマンの手がそこから先には進まなくなった。人を(あや)めるというタブーに対して、必死に抗っているのだ。

芭尾はコールマンを苦々しい顔で見下ろすと、ミケーレを突き飛ばした。その場から転げて倒れたミケーレを跨いで、わなわなと震えているコールマンに近付く。

瞳術に掛かって手中に落ちたにも関わらず、稀にこうして抵抗する奴がいる。芭尾は苛立ちをぶつけるように、コールマンが手を伸ばした神父の首を掴んで一気に締め上げる。気を失っていた神父の喉から、きゅっと空気が押し出される音に続けて、頸椎の折れる鈍い音が響いた。

目の前でそれを見ていたコールマンは涙を流し、(はな)を垂らした。表情は固まったようには変わらなくとも、ぐしゃぐしゃに濡れた顔は殺された神父に向けられている。

「…役立たずが。胸糞悪い」

そう言って芭尾は、コールマンの眉間に人差し指を向けた。その指先から鋭い爪が伸びる。まっすぐ伸びた爪は、一直線にコールマンの眉間へと向かっていく。

しかし芭尾の爪はコールマンに届かなかった。コールマンを庇うように割って入ったミケーレの胸元に、芭尾の爪が深々と突き刺さった。

「ちぃっ!」

怒りに我を忘れ、思わずミケーレを刺してしまった。顔をしかめた芭尾は、大きく舌打ちをする。

胸を押さえたミケーレは、うめき声を上げながらその場に崩れ落ちた。その様子を見ていたアンドロマリウスが声を上げる。000

「おい、そいつを殺したら駄目じゃないか。――そいつが死んでも報酬はもらうぞ」

「…この刃が私から抜けなければ、契約は完了しないはずだろう?」

アンドロマリウスは眉を顰めた。

「ミケーレ・ラブティなら、その刃を抜けると言ったのはお前だ。そのためのお膳立てに散々協力しただろう?それを今さら他の方法を考えるとでも言うのか?――俺はそこまで気長に付き合うつもりはない」

「…バドロルシススを作ってやった。それにまだ平二も残っているだろうに」

芭尾の声色が落ちた。それは明らかに怒りを含んでいる。

「ああそうだ。だが刃を抜く件に関してはとりあえず終了だ。ミケーレ・ラブティは刃に手を触れて、それを抜こうとした。あてが外れて抜けなかったのは、お前自身のミスだ」

にやけた顔を崩さないアンドロマリウスに芭尾が悪態をつく。

「……下種な悪魔が」

薄れていく意識の中で、アンドロマリウスと芭尾の会話が聞こえる。ミケーレは必死に意識が遠のくのに耐えながら、状況を打開する方法を思案する。もう自分でどうにかできる場面ではない。唯一の希望は、地下室に閉じ込められている平二たちだけだ。

ミケーレはロザリオを握った手に、わずかに残った力を込めた。

 

アンジェロは、地下室の階段から上がることを躊躇した。

先ほどから様子がおかしい。コールマンに言われて、ストランデットの平二たちを閉じ込めたものの、戻ろうとした矢先に不穏な空気が漂い始めた。

上からは、椅子やら何かが次々に倒れる音や、聞き取れないながらも会話が聞こえてくる。その合間で時折聞こえてくる叫び声に、アンジェロは恐怖した。

味わったことのない不快な冷気は、それだけで戻ることを躊躇させる。竦んだ足は、階上ヘ向かう急な階段の一段目に掛けたままで止まっている。アンジェロは恐れを抱いたまま、音を立てずにじっとしていた。

静かな地下房室へ続く階段で息を殺していたアンジェロの背後から、ドンドンと扉を叩く音が鳴り響いた。慌てて振り向いたアンジェロは扉に取り(すが)ると、扉の向こうに向けて、声を押さえて訴えた。

「ま、待って、静かに!お願いだから、お、音を出さないで!」

「お願いです、ここを開けてください、すぐに!」

ネリーナの呼びかけに、アンジェロは沈黙する。コールマンには、彼らをこの地下房室に閉じ込めておくよう言われている。

「これだけ酷い雰囲気なら、あなたにもにもわかるでしょう?悪魔はいずれ、私たちにも気付きます。だからその前に、早く!」

アンジェロは硬く唇を閉ずものの、その手は扉に付いている取っ手の一つに掛かっていた。先ほどから扉が開けないようにずっとそれを押さえていたが、今は開く方に動かすか迷っている。

扉の向こう側では、先刻から只ならぬ気配を感じ取っている平二たちが扉の前に集まっていた。

「どうすりゃいいんだ。扉を開ける方法はないのか?」

吐き出すように訴える平二に、ネリーナが向き直った。

「ヘイジさん、それでもあなた一人では…」

「心配するな。今度はそれなりに用意もある。――ネリーナはここにいろ。ベリンチョーニさんとグレゴリのことを頼む」

「でも…」

「バドロルシススを退治したんだ。お前なら大丈夫だ」

「そうじゃなくて、――私も一緒に戦います」

平二は首を横に振って答えた。

「それは俺の仕事だ。ネリーナは二人と他の皆を守ってくれ」

反論しようとするネリーナを、平二は片手を上げて制した。

すると突然、何かを感じ取るかのように、上の方に眼を向けて静止した。その様子に気付いたネリーナも意識を集中させる。何か良くないものが近づいてくる気配だ。

平二は何かを思い出したように辺りを見回すと、ベリンチョーニに声を掛ける。

「ベリンチョーニさん、白くて長い棒を知りませんか?怪我した時に持っていたはずなんですが」

「ああ、あれか」

ベリンチョーニは先程までいた房の中へ戻ると、黙儒を持って出てきた。

「これだろう?何やら不思議な棒だ。こうして持っているだけで、どんどん重くなってくる」

平二は黙儒を受け取ると、片手で正眼の位置に構えて握り心地を確かめた。

「思いのほか調子がいい。――ベリンチョーニさんを気に入っていたようだ」

「……ん?何のことだ」

訝しい表情を浮かべるベリンチョーニに礼を言うと、平二は扉に向き直って叫んだ。

「扉の向こうの奴、聞こえるか!何かが近づいて来ているだろう?死にたくなければ、今すぐここを開けるんだ!」

その平二の声を聞いたアンジェロは、階段の上を見上げていた。上から見降ろす視線を前に、体が竦んで動けないでいた。その眼には白目がなく、全てが真っ黒だ。顔の穴と言う穴から黒い液体を滴らせており、それが階段の上にぽたりぽたりと落ちていく。アンジェロは、中から叫ぶ平二の声に我に返ると、手探りで扉の(かんぬき)を外していく。しかし、上から見下ろしているものから目が離せないまま、慌てているせいでうまく閂が動かせない。

平二とネリーナは、扉の隙間から漏れ出してきた絡みつくような冷気を感じていた。平二の眼にはその冷気が、黒い泥水が漏れ出てくるように見えている。バドロルシススがそこまで来ているのだ。

既に閂が外されていく音を聞いていた平二は、皆を扉から下がらせて待った。その手に握られた黙儒から青白い火花が飛び散り始める。

「ネリーナ、俺がいいと言うまでここから誰も出すなよ。いいな」

そう言って振り向いた平二の右眼は、赤い光を湛えていた。

ネリーナが頷いた刹那、外にある金属製の閂が外れる甲高い音が聞こえた。平二が力いっぱい引くと、勢いよく扉が開く。

目の前には、泣き顔で棒立ちになっているアンジェロがいた。平二はアンジェロの上着を掴んで地下房室の中に引き入れると、入れ替わりに自分が扉の外へ出る。見上げた階段の上には、頭からこちらに向かって降りてくる、四つん這いの男がいた。

平二は階段を蹴って駆け上がると、頭上に迫っていた男に肩から体当たりする。平二と男、二つの体は勢いよく外へ飛び出した。

平二は体勢を崩さず降り立つと黙儒を構える。弾き飛ばされた男は転がるが、すぐさま四つん這いで平二に向き直った。

「おい、今朝の女性はどうした、バドロルシスス?」

平二は男に言った。ネリーナに憑かれた時と同じく真っ黒に両目が染まり、体中から黒い粘液を吐き出している。

「生きていタかよ、ヘイジ。会いたカったぜぇ」

バドロルシススは、ゆっくりと下がってヘイジと距離を取る。

「女はもう喰っちマッタ。今はこれが俺の新しい体サ」

平二は、後ずさるバドロルシススを追って、前に進んでいく。

降り立った周囲には、大勢の修道士や神父らが倒れていた。その中には血を流している者もいる。平二はバドロルシススに相対しながらも、視界の中にミケーレを捜した。この教会堂の中にいるはずだ。しかし、皆同じような格好のせいで、どこにいるのかわからない。

バドロルシススの肩ごしに女の姿を認めた平二が、大きく両目を見開いた。

「見えるか、ヘイジよう。ちゃんと芭尾を連れてキタゾ」

百五十年経った今もその姿は変わらない。平二と同じく全く老化していない。平二の記憶に残るおゆうの姿のままだ。

だが、振り向いたその顔はおゆうのものとは違った。おゆうの面影を残しているのは、その右半分だけだった。左半分は、平二が喰いちぎった皮膚が再生せず、引き攣れたままになっている

怨りと苛立ち、そして明瞭な敵意を浮かべている芭尾の眼と、平二の視線が交差する。

平二の鼓動が速くなる。右眼の奥に火種があるかの如く、瞳は光を増していき、どんどん熱を帯びていく。百五十年もの間、必死で追ってきた仇が目の前にいる。心中穏やかでないのは芭尾だけではない。

「どけよ!」

「駄目だネ。俺が先ダ」

そう言ったバドロルシススがヘイジに飛び掛かる。その間にも芭尾は平二の視界から消えた。バドロルシススは強い。差し置いて芭尾を追えるほど楽な相手ではない。

飛び掛かったバドロルシススに向けて平二も前に出る。バドロルシススの横面を叩くように黙儒を振るった。黙儒が当たっても、火花は少し散っただけだ。平二は黙儒の力を押さえている。それでも強く顔を叩かれたバドロルシススは転がって、床に膝を付いた。

怯まずに追い縋るバドロルシススに、平二は手に持ったペットボトルを振る。先ほど持ってきたルルドの泉の水がバドロルシススに掛かった。

「う、うおっ、なンダ、これハなんだ!」

狼狽えるバドロルシススを尻目に、平二は袈裟懸けにした鞄に手を入れた

「ルルドの泉の水だ。少しとはいえ聖水は効いた。これは相当にくるはずだ」

バドロルシススの体が、シュウシュウと音を立てて煙を上げる。聖なる泉の水に反応して、皮膚がただれ始めた。

「い、痛えっ!糞、糞、クソ、この」

バドロルシススは、水が掛かった服を脱ぎ棄てていく。

ルルドの泉の水は聖水とは違う。聖水は聖職者による儀式を介して神に祝福された水だ。しかしルルドの泉の水は、それ自体が霊的な力を帯びている。下級の悪魔や魔物にとっては、浴びただけで即死もののアイテムだ。しかしバドロルシススに対しては効果が薄い。やはり、人の体の中にいるせいか。

平二は、鞄から長い布状の物を取り出した。それはカソリックの司祭が儀礼の際に首から下げるストーラだ。帯状のそれを手にぶら下げた平二は、それを鞭のように振り上げて、バドロルシススの首の辺りに打ちつける。すると、ストーラはうまくバドロルシススの首に巻き付いた。

バドロルシススが悲鳴を上げた。先ほどの水が掛かった時の比ではない、悲痛な叫び声が教会堂に響き渡る。

「どうだ?先々代の教皇が身に着けていた品だ」

バチカンの地下でムィシュコー・ヴォロシェンコから借り受けた、ヨハネ・パウロ一世の儀礼服の一部だ。フィレンツェでは、用意がなかったお蔭でネリーナを危ない目に合わせた。今朝は不意を()かれた。しかし今は準備もあるし、油断もない。

続けて叫び声を上げるバドロルシススに近付くと、平二は更に絞めるようにストーラを巻き付ける。苦しがるバドロルシススはその場で仰向けになった。

バドロルシススの腹の上に乗った平二は、その両手を押さえ付けた。体を組み敷かれて、自由を奪われたバドロルシススが激しく暴れるが、平二は手を離さない。

しばらくその状態でいると、バドロルシススの口から、黒い粒子が煙のように立ち上り始めた。

「やっぱりな。――バドロルシスス、貴様は芭尾の巫蟲だ。その感じはよく覚えている」

平二は、光る右眼で煙を見据える。

「なんで、キリスト教関連が効くのか知らないが、ここできっちり退治してやる。三度目の正直だ」

姿形が変わったせいで気が付かなかったが、それは芭尾が操った巫蟲と同じ気配を持っている。

それにしても、力の弱い悪魔なら瞬時に消滅してしまうほどの攻撃を畳みかけているにも関わらず、せいぜい苦しむ程度なのは一体どういうことなのか。

平二は男性の口からバドロルシススが出てくるのを待った。男性の体はルルドの泉の水を浴びて、教皇のストーラを身に着けている。バドロルシススにとっては、もう自由にできる状態ではないはずだ。

すると、男性の口が動いた。

「きサま、ゼったイゆるサねぇ。…マタ、お前ヲ吹きトバしてやル。まタ、体ジュウの骨をバラバラにシテやル。――生臭ボうズのケツから潜リ込ンで、取り憑イてヤる。ソいツのチンぽでオまエの…」

「黙れよ」

下品な言葉を並べるバドロルシススを遮るように、平二は拳を男性の腹に打ちつけた。

「ギぃィぁぁァぁぁあアあッ!」

平二の手には木製の数珠が握られていた。それは平二が日本から持ってきた仏教徒が使うものだ。鎌倉時代の代物らしく、高位な僧侶の持ち物であったらしい。これもまた絶大な霊的パワーを持つアイテムだ。

「お前が巫蟲ならこれも効くはずだ。――俺に何度も姿を見られて、正体がばれないと思ったか?」

平二が押し付けた拳が男性の腹部にめり込むと、押し出されるように口から真っ黒い煙が吹き上がる。それは水に流した墨汁のように空間に広がっていく。

すかさず平二は鞄ヘ手を入れると、一握りの白い粉を取り出した。それを宙に広がったバドロルシススに向かって放つ。粉は宙に舞ってバドロルシススと混ざり合っていくと、そのまま飲み込まれて、見えなくなっていった。

それを見た平二はやおら立ち上がると、持っていた黙儒をバドロルシススに向けて振り上げた。

「お前みたいな形のない魔物は、他にもたくさんいるんだ。そうした奴らに対する策は腐るほどある。――例えばこれさ」

平二が掲げた黙儒が激しいスパークを放つと、先ほど放った白い粉の辺りに火花が拡散した。まるで雷雲のように火花が散って、周りを青く照らす。その火花に取りこまれたバドロルシススが次々に弾けて霧散していく。黒い粒子は悲鳴のような音を響かせながら、その数をどんどん減らしていった。平二は、量が半分以下になったバドロルシススに向けて、なお容赦なく火花を上げ続ける。

先ほど平二が放った白い粉は、今朝、修道院のキッチンで拝借した小麦粉だ。粒子が細かく、宙に舞う物なら何でもいい。平二が霊力を込めれば、その粒子一つひとつが霊的な媒介物になる。要は霊力で粉塵(ふんじん)爆発を起こしたようなものだ。

あらかたバドロルシススがなくなると、平二は仕上げとばかりにもう一度小麦粉を放って火花を飛び散らせた。霧散した黒い粒子は影も形も無くなって、辺りの床一面が真白くなった。

バドロルシススの消滅を認めた平二は、芭尾を捜して辺りを見回す。

すると、手を叩く音が聞こえてきた。教会堂の入り口の方だ。平二がそちらを向くと、男が一人、女が一人立っている。アンドロマリウスが平二に向けて拍手をしていた。その傍らにいる女は芭尾だ。

平二は軽く息を吸うと、芭尾に向けて一気に駆けだした。飛ぶように駆ける平二は一瞬で間合いを詰めると、芭尾の眼の前に躍り出た。

手に持った黙儒を振りかぶった瞬間、強い衝撃と共に平二の体が宙に浮いた。自分にぶつかってきたものを見降ろすと、そこには大きな蛇が横たわっている。

離れた所に落ちた平二は、すぐさま黙儒を構え直すものの、芭尾の隣にアンドロマリウスの姿がない。

「私を忘れていないか、ヘイジよ?」

平二はその声を耳元で聞いた。急激に大きな気が背後で膨れ上がる。その気の塊から離れるべく、体をひねって横へ飛ぶ。

いつの間にか、平二の間近にアンドロマリウスがいた。顔には薄笑いを浮かべているものの、その双眸は冷たい。まるで獲物を前にした蛇の眼だ。体を離した平二は、黙ってアンドロマリウスに黙儒を突き付けると、芭尾の方に視線を向けた。

ほんのわずかに視線を逸らした隙に、アンドロマリウスが平二の正面に立った。大きな気を垂れ流しているにも関わらず、動く気配が全く察知できない。

背後からシャーッと蛇が喉を鳴らす音が聞こえる。平二は背後の気配に向けて右手に持った黙儒を振いつつ、数珠を巻き付けた左拳をアンドロマリウスの顔面に向けて振るう。腰をひねり、体を回すようにして二つの相手を同時に攻撃した平二は、その両方が当たった感触を得た。背後の蛇は黙儒の火花で弾け飛んだか、その体が真っ二つになる。しかし、アンドロマリウスを殴った左手は、まるで固い岩を殴りつけたような衝撃だ。

痛みで思わず手を引いた平二に一瞬の隙ができた。すかさずアンドロマリウスの右手が平二の胸倉を掴む。

アンドロマリウスの手は、万力のような力で平二の首元を締め上げる。するとその腕に彫られた蛇がゆっくりと首をもたげた。腕に描かれた刺青が、本物の蛇となって平二の目前に迫ってくる。

「おい、そんな仏教の道具で俺を殴っても、意味がないことぐらい分かるだろう?」

平二の両足が徐々に床から離れていく。アンドロマリウスが片手で平二を持ち上げている。

「確かに」

そうつぶやいた平二の手には、いつの間にか、もう一つの数珠が握られていた。だがそれには、先ほどの数珠にはない物が付いている。木枝でできたクロストップだ。それはミッシェル・サンジェルマンに渡された木枝のロザリオだ。

平二はそれを持った手で、自分を持ち上げるアンドロマリウスの腕の付け根を、思い切り殴りつけた。今度は感触が違う。はっきりと拳が肉にめり込む感触だ。

「痛ぇ、この野郎!」

平二はアンドロマリウスの腕に絡みついていた蛇と共に、十数メートルも投げ飛ばされた。教会堂にある長椅子をいくつも弾き飛ばしながら、平二の体が転がっていく。

追い縋るように飛び掛かってくる蛇を黙儒で払い飛ばすと、平二はすぐさまその場に立ち上がった。

その姿をアンドロマリウスがじっと見据えている。その顔は痛みのせいか、苦々しく歪んでいた。平二もまた、アンドロマリウスを赤く光る右眼で見据える。

サンジェルマンから預かったロザリオが、彼の言った通り役に立った。平二は手にぶら下げたロザリオをアンドロマリウスに向けてかざすと、ゆっくりと近づいていく。

それを見たアンドロマリウスは、高らかに笑い声を上げた。

「ヒャッハッハッハ…、おい、それはあまりに無節操すぎるだろう。お前はなんてゴキゲンなやつなんだ」

そう言ってアンドロマリウスは、仰々しく腕を広げた。先ほど平二が殴った脇の辺りが、ただれた様に血が滲んでいるものの、平二がそれを見分けている間にも、どんどん傷が癒えていく。

「もう、この辺で終わりにしてくれないか。――俺はお前と話がしたい」

ブロンズ色の肌に黒い髪、通った鼻筋に薄い唇、外を歩けば男女問わず目を奪われるであろう程、全てが整った風体だ。しかし明らかに『人』とは違う雰囲気を醸し出している。その姿は、平二が右眼で見ても変わらない。そのままの姿でそこに立っている。人外の者ならば、その真の姿が右眼で見えるはずだ。しかしアンドロマリウスの姿は左眼で見るのと全く変わらない。それは元の姿がこれなのか、あるいは平二の力が全く及ばないほどの相手なのか。

「全く、あれだけ苦戦していたバドロルシスス相手に、あっさり勝利してしまうとはな。――悪魔や魔物の姿を難なく見分けてしまうその眼のおかげで、どれだけの同胞が退治されてきたことか。非常に腹立たしいばかりか、鬱陶しいことこの上ない。ここにいる芭尾との契約がなくとも、いずれは貴様をどうにかしてやろうと思っていたんだが…」

アンドロマリウスは腕組みをして首を傾げた。それはまるで滑稽な様子だが、全く隙がない。

「…しかしだ、バドロルシススを倒した貴様には、特別にチャンスを与えようと思う」

その言葉に芭尾が振り返った。

「おい、ふざけるのもいい加減にしろ。なにがチャンスだ。今すぐあいつを、平二を殺せ!」

芭尾が怒気を含んだ声で訴える。

「バドロルシススは簡単に倒された。正直がっかりだ。それにあんな下品な奴より、むしろこいつの方が興味深い」

「どういう意味だ?」

「俺はあいつをスカウトする」

芭尾は押し黙った。アンドロマリウスを睨めつける双眸には青黒い光が爛々としている。

「……お前、初めからそのつもりだったな?」

「何が?」

アンドロマリウスは口角を上げると、フンッと鼻を鳴らした。

「私を利用して、平二をおびき出す絶好のチャンスを作らせた。ミケーレ・ラブティを捜すのに手を貸しながら、私をヘイジの前に連れ出すお膳立てをしたんだな!」

アンドロマリウスは、おどけた調子で肩を竦めてみせる。

「いや、それは考えすぎだ。気が変わったのもたまたまさ」

歯が軋むほど歯噛みして怒りをあらわにする芭尾をよそに、アンドロマリウスは平二に言い放った。

「聞いていたならわかるな。ヘイジよ、俺の配下になれ。オファーする条件は二つある」

アンドロマリウスは手を上げて指を二本立てた。

「一つは、芭尾に殺されかけたミケーレ・ラブティを助けてやる。ほら」

そう言って、顎で平二の後方を示した。平二が視線を向けると。その先には膝立ちで固まったままのコールマンがいた。その傍らには、胸から血を流して倒れている者がいる。ミケーレだ。

「残念なことに、激昂した芭尾に胸を貫かれて瀕死の状態だ。彼を助けてやる。――あとサービスで、まだ生きている奴らは無条件で解放してやろう」

アンドロマリウスは、二本の指うち一本を折った。

「そしてもう一つ、これがお前のために思いついた最高のオファーだ。――芭尾に復讐させてやる」

「貴様、やはり…!」

芭尾が唸った。

「こいつは刺さった刃も抜けず、顔もひん曲がったままで、非常に弱っている。今のお前なら容易く倒せるぞ。――妻の名前はおゆう、それと仲間は円狐だったな。恩がある女性たちの仇討ちをするために芭尾を追ってきた。そうだろう?」

そう言ってアンドロマリウスは芭尾を一瞥する

「どうだ、なんなら手を貸してやってもいい。――私が押さえておくから、貴様が突き刺せ」

その時、芭尾が脱兎のごとく教会堂の中へ走った。

「おい、待て」

アンドロマリウスの右腕から蛇が飛んだ、それは、先ほど平二が払い飛ばしたものとは桁違いに大きい。まっすぐ芭尾に向かって飛び掛かると、その体を絡め取るように巻き付いた。体の自由を奪われた芭尾が、その場に転がる。

「惨めなものだな、教会に逃げこむとは。芭尾よ、神の庇護でも受けるつもりか?」

芭尾は懸命に逃げようとするものの、巻き付いた蛇からは逃れられない。転がった芭尾に近付いたアンドロマリウスは蛇の尻尾を掴むと、そのまま芭尾を引き摺って行く。

教会堂の入り口まで戻ったアンドロマリウスは、平二に向き直った。

「さあヘイジよ、答えを言え。イエスか、ノーか」

もがく芭尾をよそに、アンドロマリウスは平二に満面の笑みを向ける。

平二は黙ったままアンドロマリウスを見据えている。少なからず返答に迷ったか、眉間にしわを寄せると短く息を吐いた。

「地獄行きは覚悟していたんだがな。まさか、悪魔から仲間に誘われるとは思ってもみなかった」

アンドロマリウスは、その言葉を聞いて頷いた。

「そうだ、滅多にあることじゃない。光栄に思え。」

「しかし、お前たちの仲間になって何をすればいい?」

平二が言った刹那、背後から女性の声が響いた。

「ヘイジさん、いけません!悪魔の言葉に耳を貸してはいけない!」

振り向くと、そこには四つん這いになったネリーナがいた。物陰に隠れて近づいて来たらしい。

「ヘイジ、貴様がすることは少ない。寧ろ何もしなくていい。我々に手出しをするな。簡単だろう?」

アンドロマリウスがネリーナに向けて手を伸ばす。宙を掴むように手を握ると、ネリーナが首を押さえてもがきだした。

「おい、やめろ!」

平二の言葉をよそに、アンドロマリウスはネリーナを掴まえたまま話を続ける。

「そして、その眼のことを少し調べさせて欲しい。それだけだ。あとは平穏無事な暮らしも用意してやる。富、名声、女、好きなものを必要なだけ、いや、必要以上に与えてやる。――だが断れば、この女も含めて全員殺す。無論、芭尾にも復讐はできない」

アンドロマリウスが握った手を離すと、ネリーナがその場に崩れ落ちる。平二はアンドロマリウスから目を離さずに、すぐさまネリーナに駆け寄った。

「ネリーナ、大丈夫か?」

激しく咳をしたネリーナは、すぐさま顔を上げて「はい」と弱々しく答える。

アンドロマリウスは、その様子を笑顔で眺めている。まるで微笑ましいとでも言いたげな表情だが、相変わらず眼だけは笑っていない。

平二はネリーナを庇うようにして立つと、一歩前に出た。

「さあて、どうしたものか」

平二はひとり言のように言うと、深くため息をついた。ネリーナは考え込んでいる様子の平二を不安そうに見上げている。

「俺を評価してくれるのはありがたいが、そう簡単に悪魔に鞍替えするつもりはない。少し考える時間をくれ」

「まあ、簡単な選択でないことは確かだ。――望み通り、時間を与えてやる。俺は外で待つから、じっくり考えろ」

そう言うとアンドロマリウスは、数歩下がった。その足元に転がった芭尾は、恨めしい表情を平二に向けている。

「そうだな、一時間ぐらいでいいか?分かっていると思うが、この交渉が終了するまでは、ここから誰も出ることはできない。それと私の機嫌を損ねるような真似をすれば、その場で交渉決裂だ。――全員殺して、魂は地獄へ連れて行く」

最後の言葉に力を込めると、アンドロマリウスは芭尾を引き摺って歩き出した。その姿が完全に外へ出ると、教会堂の扉が勢いよく閉じられる。

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